今月の独想記 ■

平成20年7月 「忙しさの質」

忙しいところにはどんどん仕事がくる。暇なところには仕事はこない。おかしなものでこれがビジネスの常識である。
忙しい人に仕事を頼むとなんとなく後回しにされそうなものであるが、そうでもない。忙しい人は仕事を効率よくてきぱきと処理する感覚が身に付いている。そのため、スケジュール通りきっちりと頼んだ仕事をこなしてくれることが多い。

一方、暇な人は、まだまだ時間があると考えて、締め切り直前になってやっとあわて出す。
遊び呆けていて、夏休みの最後に泣きながら宿題をかたづける小学生をイメージしてもらえればわかりやすいかもしれない。
そういった人達(会社)は結果として、内容の吟味されていない成果品が出てくるということになる。暇そうだから丁寧に仕事をやってくれると考えがちだが、案外そうでもない。

ただ、そうかといって、忙しい人みんながみんなてきぱきと仕事とこなしてくれるかというと、そうとばかりも言えないのが困るところである。仕事をこなす能力がなくて、忙しくなっているのか、それとも、その能力を買われて仕事がどんどん入ってくるから忙しいのか、そこのところを見極めるのが難しい。

同じ会社でその人を毎日見ていれば、そういったことは直ちに判断がつくのだが、よその会社のことではなかなか把握できない。
工務店や職人さんと何度か一緒に仕事をやってみて、やっと少しわかってくる。仕事だけでなく、生活する上での人間関係も同じかもしれないが、一目見て、その人の能力が把握できる眼力があれば、怖いものなしである。

来年の10月から、住宅瑕疵担保履行法という、またまたまじめな地場の工務店いじめの法律が施行される。ますます職人の腕が全うに評価されない時代がやってくる。
今までひどかった建売住宅がやっとまともにつくられるようになるのは、消費者にとっては望ましいことかもしれないが、住宅業界全体がその最低限のレベルに合わせた家づくりの方向に行ってしまう危険性もはらんでいる。
建築基準法を守っていれば問題ない。これは正解だと思いますか?正解と考える企業もいれば、そうではないと考える企業もある。あくまで建築基準法とは最低限の基準です。大学入試で言えば、足きりギリギリの合格点か補欠入学といったところでしょうか。

まじめにつくり信頼されることで忙しい人達がいる一方で、最低限の基準をめざした価格競争、商品開発などなどに忙しい人達もいる。
営利企業であるからには、そういった行為が必ずしも悪いこととは言えないまでも、いかがなものだろうか。

そういった行為とは一線を画し、「まじめ」で「信頼できる」、そしてその結果として「忙しい」人達と一緒に、楽しく住まいづくりに取り組んでいきたいと思う。


平成20年5月 「地球温暖化うんぬんよりも、まず省エネ」

洞爺湖サミットが7月初旬に開催される。

札幌に住んでいた学生の頃、洞爺湖には行ったような気もするが、行ってないような気もする。どうも記憶が定かではない。それくらい、洞爺湖というのは印象が薄い。

阿寒湖、屈斜路湖、摩周湖といった北海道以外の人にも有名な湖でもないし、これといった観光スポットでもない。
札幌から近いのは支笏湖であり、どちらかといえばこちらのほうが札幌の人にはなじみが深いかもしれない。でも、これも20年近く前の話なので、今は洞爺湖も有名になっているのかもしれない。

サミットの舞台となるウィンザーホテルは一度倒産したのではなかっただろうか。自分が札幌にいた頃にはまだなかったが、札幌を離れてまもなくしてから、たしか、カブトデコムというバブルをおう歌してはじけ飛んだ会社がつくったと記憶している。

話が完全にそれてしまったので、主題に戻ることにしよう。

南極大陸の氷が全てとけたとすると、海面の水位は約65メートルも上昇する。そういった話題をよく耳にするが、そういわれてもなかなかピンとこない。自然界の氷といっても、イメージするのはオホーツクの流氷くらいのもので、そのくらいの氷がとけたってたいしたことないだろう、と思ってしまう。
しかし、ちょっと勉強してみると、少しは現実としてとらえることができる。

1.北半球にあるグリーンランドは日本の国土の約6倍、そのほぼ90%が平均2800メートルもの厚さの氷に覆われている。そして、その重みのために地表面が海面下300メートルまで押し下げられ、地球にめり込んでいる。

2.南極大陸は日本の約38倍の広さ。こちらも、大陸の東側では平均2600メートル、西側では平均1800メートルの氷に覆われている。厚いところでは富士山よりも高く、5000メール近い。グリーンランド同様、氷の重みによって1000メートルも地球にめり込んでいる。

どちらも途方もないスケールである。例えば、日本が富士山級の氷ですっぽり覆われているというのをイメージしただけでも仰天ものであるのに、それよりも6倍も、38倍もの陸地が数千メートルの氷で覆われているというのは我々日本人には想像の域を超えている。でも、それらの氷が全部とけ出せば、やっぱり何十メートルも海面が上昇するというのも数字上の事実であることにはうなづける。

一方で、地球温暖化の原因は単なる太陽活動の活発化によるもので、人類排出の二酸化炭素が主因というのはまちがった結論だ、という研究結果を発表している専門家もいる。
さらに、先進国が自分たちの利権や地位を途上国に奪われないために、途上国の経済発展のための温室効果ガスの排出規制をかけているという見方もある。

このように、科学者の間でも、温暖化の原因が定まっていない。

現在よりも温暖な時代は過去にも何度もあった。
生物が誕生してからの地球の平均気温を考えれば、今は寒い時期である。自分が住んでいるさいたま市もずっと昔は海だった。

しかし、現在おきている地球温暖化が問題にされているのは、温暖化の急激な進行である。数十万年単位でおきていた地球の温度変化が、数百年単位でおきている。そのため、自然環境も人間のシステムもそれに適応することが難しいといわれている。
先日も、世界遺産である白神山地のブナ林がこのままのスピードで温暖化が進めば消滅してしまうという記事が新聞に出ていた。

「地球規模の環境変化」、あるいは太陽の影響かもしれないので、「宇宙規模の環境変化」に、一個人としてできることはたかがしれている。
地球温暖化防止に貢献するため、と考えると何だか難しくなってしまうので、住宅の設計を生業としている自分としては、こう考えている。
自動車でいえば、プリウスのような燃費のよい(=省エネ)家をつくりましょう。
そのためには、ただで利用できる太陽光の熱を取り入れる時期、遮る時期を考慮した上で、断熱計画をしっかりと行ないましょう

まずそこから初めて、余裕があれば、ヒートポンプや太陽光発電といった省エネ機器の利用や、輸送のためのエネルギーが輸入材よりもかからない、国産の木材や地域材の利用をすすめたい。

参考文献
「地球温暖化は本当か?」 矢沢潔 著  技術評論社 発行
「この真実を知るために地球温暖化」 Newton別冊 ニュートンプレス 発行
「地球温暖化問題の裏側」 田中宇の国際ニュース解説
http://tanakanews.com/080422warming.htm

追伸:地球環境研究センターのホームページにも温暖化に関するさまざまなQ&Aが掲載されているので、興味がある方はアクセスしてみて下さい。
http://www-cger.nies.go.jp/qa/qa_index-j.html


平成20年3月 「室温が同じなのに感じる温度が違うのは?」

同じ室温の部屋にいても暖かいと感じる住まいもあれば、寒いと感じる住まいもあります。何が違うのでしょうか。

そういった疑問にわかりやすく答えてくれるのが、甲斐徹郎氏が書かれた「自分たちのためのエコロジー」という題名の本です。

実は、自分もたまたま省エネ関係のフォーラムでこの本のことを知りました。というよりも、その講演会で、この本の内容の前半部分を実演してくれたのです。

使ったものは赤外線放射温度計。見るのも手に取るのは初めてでした。この温度計は離れたところの表面温度を触れずに測ることができます。壁の表面温度や手の届かない天井の表面温度が即座にわかります。別の使い道としては天ぷらを揚げるときの油の温度も測れるそうです。

その温度計を使って何の表面温度を測ったかというと、自分の座っている布貼りの椅子の背板と講義机のスチールの脚です。
まず、温度計で測る前に手で触ってみてどれくらい両者に温度差があるか予想してみました。
触った感じはあきらかにスチールの脚の方が冷たい。温度差が何度かははっきりとはわかりませんが、5度以上は差があるのかな、と予想してみました。

みなさんも身近に鉄やアルミやステンレスなどの製品があれば触ってみて下さい。そのあと、カーテンでもかまいませんし、本棚の木でも、あるいは乾いた洗濯物でもいいので、触ってみて下さい。どちらの温度が低いと感じますか。前者の方が低いと感じませんか。

でも、赤外線放射温度計で測った結果は、なんと同じ表面温度だったのです。さらに、どちらもほぼ室温と同じでした。
「あれっ。」という感じです。みなさんも「どうして?」と思いませんか。

理屈はこういうことでした。我々が感じる体感というものは温度によって反応するのではなく、自分たちの体温がいかに早く移動したかによって決まるそうです。
少し専門的に言うとこうなります。
熱の伝わりやすさを表す指標に「熱伝導率」というものがありますが、その熱伝導率が高いものに触ると、瞬時に熱が移動します。そのスピードが速いほど体感的に冷たく感じるというわけです。

ますますわかりにくくなってしまいましたか。
この本の中にわかりやすい例が書かれていますので、抜粋してみます。

「たとえば、部屋の温度が20度だとします。暑くも寒くもなく、ちょうどいい温度です。ところが、20度の水風呂に入るとどうなるでしょう。相当冷たく感じますね。20度の気温であれば暑くも寒くもないのに、20度の水風呂にじっと我慢してつかり続けると、どんどん体が冷えていって、きっと体を壊してしまいます。同じ20度でも、まったく体感が違うわけです。」

空気よりも水の方が熱が伝わりやすいので、同じ20度でもより早く体温が奪われてしまうというわけです。
少しは理解して頂けましたでしょうか。


さてここで、少し住宅にフィードバックしてみましょう。

室温が同じでも、表面温度の違うものがあると熱の移動が発生します。
つまり、冬季に同じ室温の部屋にいたとしても、外壁の熱伝導率が高ければ(熱が伝わりやすい)、熱の移動が発生し、断熱のしっかりした部屋にいるときよりも体感温度は低く感じるということです。

体感温度というのはおおざっぱに言うと、室温と近くの物体の表面温度を足して2で割った数値になります。
(表面温度+室温)÷2=体感温度

同じ体感温度にするためには、断熱のしっかりしていない住宅では表面温度が低いので室温を高く設定する必要があり、エネルギーをより多く消費することになります。

夏季はこの逆ですが理屈は一緒です。断熱のしっかりしていない外壁の室内側の表面温度は、かんかん照りの外気温にかなり影響されますので、エアコンの設定温度をより低く設定しないと、断熱のしっかりした住まいの体感温度とは同じにはなりません。これまたエネルギーを無駄に消費することになります。


今回のまとめとしては、「体感温度」と「実際の温度」は違うのだということ。心地よい体感温度を得るためには何をすべきなのか。「自分が気持ち良く暮らしたいためにした行動」が、結果として省エネにつながり、ひいては地球温暖化防止に貢献できる。
そういった身近なエコロジーについて書かれているのが、冒頭で紹介した本です。
この本には他にもためになることがたくさん書かれています。興味がある方はぜひ手にとってみて下さい。専門家でなくても読みやすい内容になっています。

「ちくまプリマー新書」から出ている、「自分たちのためのエコロジー」 甲斐徹郎 著 で、700円+税となります。
建築関係の本としてはお手頃価格であります。


平成20年1月 「詳細図の必要性」

建築におけるディテールは非常に大切なものであり、住宅においても規模にかかわらずそれは同じように重要である。

しかしながら、一般的な木造住宅の現場では図面に書かれたディテールはないに等しい。大工さんそれぞれの納め方があって、それは大工さんの頭の中にのみ存在する。

建売住宅でも、街中の工務店が建てる住宅でも、詳細図という納まりをきちっと明示したものが存在しない。もちろん住宅規模では施工図というものがないことがほとんどなので、施主は全く詳細図というものを目にすることもなく家ができあがってしまう。住宅メーカーには社内・工務店用のディテール集があるが、それは一般的には施主の目には触れない。あくまでも社外秘なので住宅メーカーが建てた住宅の納まりはブラックボックスのままであることが多い。
これでいいのだろうか?

「木造なんて簡単じゃないの?」と思われる方がいるかもしれないが、木造の納まりはRC造等と比べると意外と難しくて、詳細図をいちからおこすとなると非常に手間がかかる。手間がかかる割に住宅は施工規模が小さいため、そこそこの規模の設計事務所になると、設計料における人件費だけが膨らんでいってしまい、最後には赤字になってしまう。そのため、できるだけ図面枚数を減らし、現場がはじまってから考える、あるいは現場まかせ・大工まかせの住宅が多くなってしまう現状がある。結果として設計者の意図していたものとは違う納まり・できあがりになってしまうことも往々にしてあるのではないか。

こういったことにならないように、司設計工房では設計監理契約した物件においては、自分の頭の中で考えていたことを、一般図(平面、立面、断面、配置、仕上表)だけでなく詳細面なり仕様書なりに目に見えるものとして、施主と施工者に見積り開始前に提示している。図面にすることによって、「こういった納まりにした方が安くできる」とか「きれいに見える」とか、つくり手の側からの貴重なアドバイスもいただける。詳細な図面がないと、「自分(設計者)はこう考えていた。」「いや、自分たち(施工者)は、こういった納まりで金額をはじいている。こういう納まりならば、とてもこの値段ではできない。」といったことも当然のごとく発生するだろう。
こういったつまらないことの積み重なりで、だんだんと現場と設計者の関係がこじれてくると、被害を被るのは施主である。

もちろん、これは納まりに限ったことではない。使う仕上げ材にしても、例えば「クロス」とだけ書いてあれば、ビニールクロスなのか、紙クロスなのか、それとも和紙や月桃紙といったもので見積もればいいのか皆目検討がつかない。逐一施工者が設計者に確認を取ればよいのかもしれないが、何件も現場を抱えている監督さんではそうも言ってられない。コスト的に厳しければ、確認もないまま当然のことながら、一番安いグレードのビニールクロスで金額を入れてくることになりかねない。工事が始まって、設計者がもっとグレードの高いものを意図していたと言ってもあとの祭りである。「言った。」「言わない。」といったレベルの低い争いになってしまう。

見積り段階でできるかぎりの図面を用意し、工事途中での施主要望による変更でもない限り、新たな図面を提出することは極力なくすようにしている。そうすることによって、設計者と施工者のあいだに安心感が生まれ、信頼感へと進展していく。結果として、適正が見積金額が提示され、工事途中の変更においても、きっちりとした増減額がはじき出されることになる。これなら、施主も安心であり、納得できるはずだ。

どこの工務店がつくっても同じような品質のものがつくられるために、きっちりとした図面を用意することこそが設計者の役割であると思う。「腕がいい工務店なので、図面通りにできた。」「今回は腕の悪い工務店だったので性能的に低いものになってしまった。」といったことをなくすためには、「きっちりとした図面」、そして「施工側からは独立した立場にある設計者の監理」という二つの組み合わせが不可欠である。

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